Freitag, 11. März 2011

一年間ヤコブの手紙に取り組みました

この二人の学生は一年間ヤコブの手紙に取り組みました。ヤコブの手紙は,また,新約聖書の「箴言」と呼ばれています,というのもキリスト教のモラルを取り扱っているからです。多くの比喩とシンボルがこの手紙の中に認められます。手紙は我々を考えさせます。
次のテーマが前面にあります:
1.信仰が試される
2.信仰が疑いに勝利する
3.信仰は行い・我々の生活で示される
4.信仰は働きなくては死ぬ
5.信仰と舌の支配
6.信仰と祈り
それは我々双方にとって,美しい時間でした。そして,今講義が終わると,私は,どんなに私に好意が寄せられているか,に気づきます。

Donnerstag, 10. März 2011

誰でも聖書学び会

新しい聖書の講義は列王紀上,下です。私たちはイスラエルの民の没落を研究し,彼らを愛すべき民と命名し,選んだ神の指導だけを信頼しなかったことが,彼らの大きな誤りであったことを発見しました。彼らは近隣の民のように「一人の王が語る」と表現する政治体制を望みました。神はこのことをとても悲しまれたが,最終的には彼らの願いをかなえ,神から王が支配する体制となりました。けれども,そのことはイスラエルの民に平和をもたらしませんでした。というのは,多くの王は神のことをもはや気にせず,法律や自分たちの意志に心を煩わしたからです。王たちは今日のように,自分の個人的な,政治的な関心を実現しようとしました。王国は分割されました,つまり,内面で弱くなり,残念ながらその時から北王国には神を恐れる王は一人もいなくなりました。そして,神はなんども預言者をおくったのに,民は近隣の民をまねた偶像崇拝を好みました。今日我々の周りではどうでしょう?だれが自分の心を支配することができるでしょう?生きている神,天と地の創造者,自分自身の「エゴ」のどれを自分の心の王座に座らせているでしょう。聖書をよむことは,私たちがそれを気づくのを助けてくれます。絵はアハブ王から隠れ,神からカラスを与えられた預言者エリアを示しています

Mittwoch, 9. März 2011

旧約聖書・セミナー

一月と二月の頂点は志賀での旧約聖書についての続編のセミナーでした。この聖書セミナーは,旧約聖書の全体の関連を理解することでした。まず,旧約聖書の導入を行い,創世記と出エジプト記を一緒に勉強しました。とても楽しく,参加者はとても志気高く,興味をもっておられます。特に,この最初の2つの書の中に聖書全体の根本があるので,青木牧師に,このすばらしい機会を与えてくださったことに,感謝いたします。続編をすることを楽しみにしています。

Donnerstag, 3. März 2011

けいこさんの展覧会に行きました

3月の初めに,けいこさんの展覧会に行きました。彼女は熱心に陶芸をし,彼女は余暇を大変創造的に過ごしています。例えば,この多くの雪の結晶すべてを,彼女はすべて陶器そのものから製作したのです。この写真はとってもすばらしい,と思いませんか?これは雪に覆われた景色を描いたものだそうです。左は富士山で,右の奥には,海がみえます。真ん中の両方の部分は住居の窓だそうです。壁には雪が玉のようなあわとなり,ゆっくりと溶けます。机に座ると,(写真の中では左側前)全体の景色を眺められます。
私はこの展覧会で,けいこさんはとても成功していると思います。
その後,私たちは陶芸をしました。とても楽しく,エレミア18章を思い出しました。神が陶工で,私たちは彼の手の中にある粘土による彼の創造物です。彼は陶工の目で正しいように我々を作り上げました。君と私,私たちは彼の目には価値ある器です。
これが結果です。私はとても自慢です。けいこさんありがとう。あなたのおかげですばらしい一日を過ごせました。