4月19日木曜日、私は夜行バスに乗って仙台にゆきました。目的地YMCAについてから、私はすぐに自家用車で激震地、石巻に向かいました。道中、私たちは大きな資材倉庫に通りかかり、我々のバスに水、野菜、インスタントラーメン、米、スープ、そして男性用、女性用、子供用、赤ちゃん用、のあらゆる種類の衣服、子供の本、トイレットペーパー、ハンカチなどの日用品の生活物資、で満たされた木箱をバスいっぱいに積み込み、地震によって大変傷んだガタゴトの道を物資を必要としている日本の人々に届けるために、石巻までゆきました。
今回は避難所に行きません、というのも、そこにいる人々はそのころ、規則的に食糧や日々の生活物資を供給されていたのに対し、自宅で過ごし、買い物ができない人々もたくさんいたからです。それは、その土地の店はつぶれていたからです。
最初の目的地で、その光景をみて驚愕しました。言葉がみつからないので、写真に語ってもらうことにします。その周りすべてのものが、ゴミとがらくた、津波が押し流し、すべてが汚れてしまいました。戦争の後のような、残忍な光景です。
なんという荒廃、想像を絶します。
最初の目的地に着き、ドアのベルを鳴らすと、すぐに最初の人々が私たちのバスにやってきて、私たちがなにを持ってきたのかを見にきました。彼らはその物資を感謝して受け取りました。けれどもはじめは、悲しげな心配そうな顔でした。私たちが風船とお菓子を子供たちに分けていたら、彼らの顔に笑みが戻ってきました。何人かの人々が品物を家に運ぶのを手伝っていたとき、なんと彼らの家がみすぼらしく、 貧弱になったかに気づきました。彼らは津波を生き延びましたが、それでも家財は傷み、家の周辺は壊れていました。
それから、さらに2カ所を回り、同じようなことを繰り返しました。人々は、はじめは控えめに、逡巡し、不安そうながら与えられたものへの喜びました、私はこの言葉を思い出しました、受け取るより、 あたえる方が、至福である。



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